いろはに要検討

インプット大好きなペンギン4歳

紙辞書は他のワードも見る? いや、見ないでしょ。

辞書読むの好き&ドイツ語で言語学専攻の私ですが、「子どもの教育に紙辞書を強要すること」がそんなに好きではない。

その理由はふたつある。

 

f:id:kariness:20180211004308j:plain

 

他の単語本当に"見てる"?

 

以前も取り扱った「カラーバス効果」改め「カクテルパーティー効果」があるため、目的の言葉以外は覚えてないはずだ。それが正常な知覚だと思う。

「おっぱい」とか誰でもふざけて探したことあると思うんだけど、普通その前後の単語なんて覚えていないだろう。

それは脳みそが自動で「認識を甘くしている」からだ。全ての単語を認識したら、多分発狂する。

SANチェックのお時間です!

 

「前後の言葉も見るのは教育に良い」とかいうのは、ただの脳死周回的なあれでは?

万が一、他の単語を「認識」したとしても、そもそも「関係のない言葉」なんて普通覚えられるわけがない覚える人の方が少ない。そういうものなのだ。

 

「にんじん」と「ソマリア沖」と「ゾウムシ」は1時間覚えてられない気がするが、「にんじん」と「オレンジ」と「大根」を1時間後も覚えていることは可能だろう。それと同じ。

なぜかというと、後者は「にんじんはオレンジで、大根と同じ根菜」のような関連性があるからだ。これは意味記憶と言い、長期記憶に分類される。

 

意味記憶は知識に相当し、言語とその意味(概念)、知覚対象の意味や対象間の関係、社会的約束など、世の中に関する組織化された記憶である。例えば、「ミカン」が意味するもの(大きさ、色、形、味や、果物の一種であるという知識など)に関する記憶が相当する。意味記憶は、通常同じような経験の繰り返しにより形成され、その情報をいつ・どこで獲得したかのような付随情報の記憶は消失し、内容のみが記憶されたものと考えられる。

記憶の分類 - 脳科学辞典

 

もう一度言う。

「関係のない言葉」なんて普通覚えられるわけがない。

だから、「前後の言葉も見るのは教育に良い」というのは、結構な確率で勘違いだと思う。

 

「関係のない言葉に触れる」ことだけを利点にあげてる教師は、ただ単に電子辞書嫌いなんだろうなあ。

今の電子辞書は、語源だって関連語だって、発音だってワンタッチ。付箋機能だってあるんだから。

 

 

紙辞書は誰がなんと言おうとダルい

大事なのはこっち。

紙辞書は、「多くの人にとって楽しくない」のである。

 

 

まず、紙辞書はめんどい。紙辞書、言葉が好きな人ならともかく、嫌いな人の外国語を勉強するハードルをあげてるのはこれなんじゃないか…? って思うくらい。

もちろん多くの辞典や図鑑、書籍さえ「あいうえお順」を採用しているものは多いのだから、慣れておいたほうがいいには決まっているけれど、強要するほどのものかなあ、と思っている。

 

重い。どこに目当ての単語あるかわからない。ページめくるのダルい。

 

ファンとアンチは相容れない

紙辞書をプッシュする人、多くの場合それは小学校の先生とか、その他国語教師だったりすると思うが、彼らはプロで、言葉のファンだ。

言葉を愛して、言葉を勉強するのを楽しんでる人たちなのだ。そうでもない人が真似をしたら怪我をする。

 

「辞書持つだけでゲロ吐きそう」みたいな旧友が中学生時代いたのだが、私の目には怠慢とかではなく、「勉強嫌いならまあ当たり前の反応だよなあ」という同情として映ったものだ。

教育の敗北である。

 

ゲロ吐きそうなまでにした教育って一体なんなんだ。

一回ではこんな強化されないはずなので、何回にも渡って、嫌なのに辞書を使わされて、勉強を強いられているのである。

 

拷問だあ〜〜。

 

 

紙辞書使って、ひとつの単語を探すのに1分かけるなら、電子辞書使って10秒で出てきて、たくさん読んだ方がいい。そのほうが多くの用例が身につく気さえしている。

読みたいワクワクを殺さないために、迅速に読んでほしい。何回かやってたら覚えるんだから、どうせ。

 

 

勉強は楽しいのが一番だ

生涯学習しないと食いっぱぐれるのに、拷問してどうすると言うんだろう。

多分、言語学好きな私からしても「紙辞書の強要は酷」なのだから、言語に惚れてない人に、あんな「ポータブル知的鈍器」を使えと言うのは苦しいはず。

まずは「言語に惚れさせる」のが先。そっち考えた方が効率的。

 

なので、できるだけ早期教育の人たちには「苦しいことこそが勉強」をやめてほしいな、と思っている。

私は幸い、それなりに良い先生に恵まれたので、今も勉強が大好きだ。